『ヒカリブログ|3児のワーママHIKARIが家族を応援』にお越しいただき、ありがとうございます!
こんにちは、HIKARIです。
40代半ばに突入し、新たな挑戦がこの『ヒカリブログ』です。
わたしは、仕事をしながら育児をして、家事もして、めまぐるしい日々を送っているワーママです。本当にどこにでもいる普通のワーママです。
子育てには正解がなく、身体的・精神的につらいことも、子どもの成長に応じて変化していくものです。
その時期によって”しんどい”内容も変わっていきます。
そしてわたしたちはそれぞれの”しんどい時期”が人生における限られてた時間だとわかっています。
すごく貴重な時間だけど、わたしたちは常に余裕がない。
立ち止まったとき、疲れたとき、悩んだときに、ふとこのブログを思い出してもらえたらとても嬉しいです。
日々がんばっている皆さんと情報を共有しながらわたしもがんばりたい!なにかを届けたい!という思いで記事を書いています。
このプロフィールのページではHIKARIという人間を知ってもらうべく、現在にいたるまでの経験や思いをまとめてみることにしました。
興味のある方はご覧ください。
HIKARIの基本情報
バドミントン、キャンプ、野球(観戦)、陸上(観戦)、フィギュアスケート(TV観戦)、漫画、読書、ゲーム、ネットサーフィン、映画、舞台、お酒、料理、食べ歩き、おひとり様
掃除、洗い物、洗濯物をたたむこと、アイロンがけ、虫、おばけやしき、高い場所、狭い場所、理不尽なこと
どちらかといえば明るい、笑い上戸、泣き上戸、話すより聞く方が好き、挑戦することが好き、人に合わせる、気をつかう、許容範囲が広い、Mっ気がある、基本ズボラだがこだわりだすと止まらない
HIKARIのルーツ
自然に囲まれてのびのび育った幼少期
1977年夏生まれ。
生まれて幼少期は瀬戸内海に面した田舎町で山や海に囲まれて中学卒業まで過ごす。
小学時代の日課は山1周(約8キロ)を父親と走ること。本当はさぼりたくてしかたがなかったがしぶしぶ続けていたため、マラソン大会や駅伝大会で活躍。
学校では勉強、スポーツが得意で明るくて目立つ存在。(自分で言うw)
中学時代が人生最大のモテ期だったが、部活(バドミントン)に熱中し特に生かしきれず。好きな人がいて告白されるも、部活の後輩に断ってほしいと言われ素直にそうするお人よし。
本当にあの頃は純粋でキラキラしてました。今でも田舎の海、山、川でたくさん遊んだことを思い出すだけで心が洗われます。星も綺麗でホタルも見れてとっても静かで落ちつく場所でした。人生のほんの15年という年月を過ごしただけですが、とても愛おしい思い出の場所です。
田舎娘が都会に出て自信喪失~冬眠時代
父親の転勤で東京の私立女子高へ進学し、今までの自分が”井の中の蛙”だと気付く。
キラキラとした女子高生の中で完全に劣等感を感じ、明るい自分を封印。
”方言”や”イントネーション”を気にして会話も控えめになる。
とにかく静かにやりすごそうと大人しい高校生活を送る。
高校は特待生で入学したものの、大学受験では惨敗。
希望校ではないが大学へ進学し、地方から来た人たちが多い空間に安心し、徐々に明るさを取り戻す。
バドミントンを再開させ家庭教師をしながら英米文学を学ぶ。単位取得も順調。
日本の大学でより生きた英語を学びたいと思い立って大学中退。ワーキングホリデーや短期旅行で海外を転々とする。(ニュージーランドやイギリスなど)
今親になって思うのは、大学中退なんて、若気の至りだなと思います。親の気持ちを考えたら胸が苦しくなります。母は自分が高卒だからとせっかく大学に進学させてくれてきっと落胆したはずなのに、わたしに言った言葉は「もう決めたんでしょ。あなたは決めたらやる子だから、やるしかないんじゃない?」でした。偉大すぎます!
常に右ウィンカー、右レーンを突っ走っていた20代
25歳まではとことん「自分のやりたいこと」をひたすら求めて、就職もせずバイトで貯めたお金で単身で海外へ飛び出す生活。お金がなくなればまたバイトや稼げる派遣の仕事でお金を貯め、バックパッカーで海外を旅したりとまさに怖いもの知らずのぶっ飛ばし屋。
経験したバイトは、カフェ、居酒屋、ドラッグストア、ホテルハウスキーパー、惣菜屋、デパート地下街、銀座クラブ。
帰国し落ち着いてからはようやく外資メーカー勤務。
当時は「働き方改革」などという制度もなく、気付けば終電逃して近くのスパで泊まって出勤なんてことも多々あり。
「企業で働く」ということがとても新鮮で、キツくて辛いというよりも「やりがい」や「楽しさ」を感じる。
20代はフットワークも軽く、ポジティブで行動力があって常に同僚や友人と過ごす日々。自分で稼いだお金を自分に惜しみなく使って満足する。
27歳の時にプチモテ期が到来。(第2波)
このときは第1波の反省も生かし、積極的に恋愛を楽しむ。
ジェットコースターのような20代でしたが、今思えば体を酷使して頑張っている自分に酔っていた感じがします。本当にしこたま遊んだし、しこたま働きました。
30代は人生の転機、趣味がつないでくれた出会い~結婚と出産~
「自分はきっと結婚できないんじゃないかな~。」
「あ、でも子どもはほしいな~。」
「ひとりじゃ子ども作れないしな~。」
仕事をバリバリこなし、ず~っとそんなことを考えていた30代までのカウントダウン。
学生の頃から続けていたバドミントンをやりたいなぁとSNSのコニュニティーに参加したのがきっかけで、旦那様と出会ったのがわたしが28歳の時。
彼は6歳年下でまだ大学生だったので、まさか未来の旦那様になるとは思いもよらず。
気付けばいつも一緒にいたのが旦那様。
わたしが接待で酔っ払って終電逃したときも車飛ばして「捕獲」してくれてた。
趣味の「バドミントン」がずっと二人をつないでいてくれ、30歳で結婚。
結婚までもずっと仕事に追われていて終電あたりまえの生活ではあったけど、いくら時間がなくても自分の好きなこと(バドミントン)をする時間は必ず作っていたから旦那様と出会えたんだなって思うと、「自分のしたいこと」はどんな状況でも大切にしたいなと感じました。
31歳で長女出産、34、35歳で年子(次女、長男)を出産。
長女が生まれて7ヶ月で仕事復帰。長男が生まれて6ヶ月で仕事再開。
3人育児は両手じゃ足りない、保育園も入れない、きょうだい別園への送迎の日々、ハードワーク、子どもの病気など。
子どもたちが小さい時はもはや記憶がないくらいに大奮闘の日々。
3人一斉に大泣きなんてこともあり、両手に一番上と次女を抱きかかえて、一番下の長男を足でさすってあやして一晩中寝れずやり過ごしたことも今となっては子どもたちに話すいいネタです!
40代半ばに突入・・・
第一子出産から12年、ワーキングママ歴11年半。現在のHIKARIは、
- フルタイム共働き、夫婦ともに都内勤務(別会社)
- 5人(3児)の母
- 趣味のバドミントンでクラブを設立し活動中
以下、自慢の子ども達
- 子1 永遠の中2(パパ)
- 子2 ザ・天真爛漫(長女)
- 子3 ザ・マイペース(次女)
- 子4 ザ・甘えん坊(長男)
- 子5 我が家のアイドル(チワワ)
少年の心を持った優しい旦那様とかわいい子ども達と愛犬に囲まれ、幸せな毎日を過ごしている・・・ことを妄想する毎日。
現実は・・・
ほぼ家事戦力外のパパと反抗期突入長女、ぐうたら次女、わがまま長男、唯一の癒しの愛犬(チワワ)とドタバタ劇な毎日。
そんな現在はとにかく子どもたちを応援したい!そのためにわたしができることはすべてやってあげようと思っています。もちろんその中でも”自分のやりたいこと”の時間も少しだとしてもとる、ことを心がけています。
そして現在 まだまだ成長したい
現在は会社員として働きながら、3児の母をやっていますが、3年前に超ホワイト企業に転職することができ、余裕をもって仕事に取り組めてます。定時で帰れ、子どものことを優先して有休が取りやすい環境にいて恵まれていると思います。
ただ、独身のころはバリバリ仕事をしていたわけで、ちょっと物足りない気持ちもなくはないです。このままこの仕事を続けて、今までのキャリアってなんだったんだろう、と考えることもありました。
でも!こういう時こそチャンスなんだと思います。今、ストレスなく働けているのだから!より家族とも向き合えるし、ブログという新しいチャレンジに力を注ぐこともできるんだと。自分の時間だって作っていくこともできる。
そう考えていくと、とてもワクワクしています。まだまだ40代半ば、いろいろなことをインプットし、みなさんに少しでも有益な情報をお送りできるよう精進していきたいと思っています。
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最後までご覧いただき、ありがとうございました。
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